Field “Tasting” Notes
2025/06/14 17:26

せっかく育った酵素を壊さないための、時間のかかる「待つ工程」だ。
思ったより長丁場だとわかると、多田隈さんが「こちらで様子見ておきますよ」と言ってくれた。ありがたいその一言に甘えて、少し遠出することにした。
行き先は天草。昔の職場の仲間が行くと聞き、じゃあ自分も、と。佐賀の隣かと甘く見ていたら、これが大間違い。車で4時間以上。橋をいくつも渡り、海と山が迫ってくる景色を抜けていく。
この土地だからこそ、自然と共に暮らし、ときに追われながら生き延び、文化や信仰を守ってきたのだろう。
ずっと訪れたかった場所があった。”海月(くらげ)”という名の小さなお寿司屋さん。3月から5月のわずかな期間だけ解禁になるムラサキウニを目当てに、全国から人がやって来る。
カウンター越しに、大将がウニを握ってくれる。大ぶりの一貫が目の前に置かれたとき、ふと言った。
「今朝、海に潜ったらイルカの群れに遭遇してさ。慌てて船に戻ったよ。あいつら、無邪気な顔してるけど、人を海の底まで引きずることがあるんだ」
イルカの話にも驚いたが、それ以上に、大将が自ら海に潜って海栗を獲っていることに衝撃を受けた。
寿司を握る人が、海に入って素材を手にする。
僕らもウイスキーを造るために、麦を植え、水をやり、発芽を見て、乾燥を待つ。
素材から自分の手でつくるということ。
その大変さと愛おしさを、大将の背中が静かに教えてくれた。
出された海栗を口に運ぶと、その瞬間、天草の海がふわりと広がった。
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