今年の夏、大型特殊免許を取った。公道でトラクターを運転するためだ。
農業大学校という専門学校で、就農を目指す学生たちに混じって、1ヶ月間、毎週水曜日に講習を受けた。
校内のコースでは一時停止や後方確認など、自動車教習所さながらの指導を受け、ようやくの思いで、免許を手に入れた。
──でも、本当の試練は、それからだった。
本来、麦を植えるには、土を一定の深さまで耕し、畝を立て、種を等間隔に蒔き、肥料を撒き、そして土を戻す…という一連の工程を行う必要がある。
だが、東京ドーム10個分の畑を管理する農家さんからお借りした60馬力の巨大トラクターは、その一連の作業を、一筋走らせるだけでやってのける。
頼もしい。けれど、少しだけ寂しくもある。
触れるのはボタンとレバーだけ。土の感触も、風の匂いも、どこか遠くにある気がした。
そんな感傷的な気持ちも、エンジンをかけると爆音とともにかき消される。アクセルを踏み込むと前に進み出す…はずだったが、なぜか後ろに下がる。「あれ?進むのってどうするんだっけ?」と頭が真っ白。
ふだんからそこそこ大きな車に乗っていたから運転には自信があったはずなのに、ここは畑。中央線も停止線もない。真っ直ぐ進んだつもりが、気がつけば、曲線を描いた畝が10メートルほど続いている。
それでも、なんとか乾いた白い土を耕し、土がしっとりとしたグレーに変わったとき、まるでオセロの駒を一気に裏返したような達成感があった。